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大阪地方裁判所 昭和46年(人)1号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、証拠を総合すればつぎのような事実を認めることができる。すなわち、

(一) 昭和四六年一月二八日午後零時すぎごろ、請求者が被拘束者香織を連れて買物をすませて肩書住居の東方約一〇〇メートルの路上まできたとき、拘束者が現われ、請求者の背後に隠れてしがみついて泣き出した被拘束者香織を無理矢理引き離して抱きかかえ、拘束者が運転してきた自動車に乗せたうえ、請求者にも乗車するよう命令し、やむなく乗車した請求者を車中で数回に亘り殴打する暴行を加え、さらに被拘束者Oの通学する泉佐野市立○○小学校(同人はそれまで八尾市立××小学校に通学していたが、同月二七日長坂小学校への仮入学を認められた。)へ案内させ、下校のため教室から出てきた被拘束者Oを乗車させ、請求者を降車させ、請求者の意思に反して被拘束者両名を拘束者の肩書住所に連れ帰つた。

(二) その後、被拘束者Oは拘束者の肩書住所において、かねて拘束者宅で月一、二回家事手伝いをしていた甲野A子あるいは株式会社M製作所(代表取締役拘束者)の女子社員である乙原B子の世話を受け、同年三月二五日ごろからはかねてより拘束者と肉体関係のある元バー・ホステス新井Y子宅において拘束者の依頼を受けた同女に監護養育されて現在に至つており、また被拘束者香織は同年一月末ごろ拘束者の肩書住所において甲野A子の世話を受け、その後約五〇日間拘束者の実妹丙田C子宅に預けられた後、同年三月下旬ごろからは被拘束者Oと一緒に新井Y子宅において同女に監護養育されて現在に至つている。

(三) 被拘束者Oは、拘束者の手許におかれてから、再び八尾市立××小学校に通学するようになつたが、同校は右現住居からかなりの距離なので、拘束者は登校時には自動車で集団登校の集合場所まで送り届け(所用時間約一〇分ないし一五分)、下校のさいには、被拘束者Oが拘束者の肩書住所に帰宅して待機し(拘束者が仕事中のときは、被拘束者Oは同所で勉強し、遊ぶこともある。)、そこへ拘束者が出向いて再び自動車で現在居たる新井Y子宅へ連れ帰るのが常であるが、拘束者が多忙の折には新井Y子を附添わせて帰宅させることもある、被拘束者香織は日常近所の女児とままごとをして遊んだり、雨天の日には家の中で新井Y子といつしよに折紙や塗り絵をして遊んでいる。日曜日には拘束者および新井Y子は被拘束者両名を連れて信貴山にドライブにでかけることが多い。また拘束者は拘束前と異なり、被拘束者Oの勉強を見てやり、一緒に入浴することもある。新井Y子は日々拘束者Oが学校へ持参する用品の点検をし、食事の世話、掃除、洗濯等の家事一般を処理している。このように被拘束者両名は少くとも外見的には拘束者や新井Y子の監護を受けて一応平隠に暮らしているのであるが、被拘束者香織は日頃請求者を強く慕い、拘束者に奪取された直後、拘束者の肩書住所において甲野A子に監護されていたさい、「お母さんのところに行きたい。お母さんに電話して」と言つてしばしば泣いたこともある。そして被拘束者Oの担当教諭J口D子の観察によれば、被拘束者Oは請求者と別居してから我が強く協調性に欠けるようになつた傾きが認められるがそれは父親である拘束者の影響によるものと考えられる節があり、また登校に際し爪をきちんと切つてくるなど身辺の心づかいにも十分でないところがあるし、母親に会いたいと直接明言することはないまでもそのような意味の意向を洩らすことはある。なお拘束者に対しては請求者と拘束者の許でなければいやだと常々言つている。

(四) 拘束者は、請求者との婚姻生活において、外泊がほとんどで(一週間のうち半分以上外泊したことは拘束者において自認するところである。)。妻である請求者以外の女性との肉体関係もかなりあり、現にかねてより肉体関係にあつた元バーホステス新井Y子と同棲し、被拘束者代理人に対して「女房以外の女を知らん男がいるとは思わん。そんな男の顔がみたい」と放言したこともあつた。また拘束者は先に請求者との同居当時には些細なことからしばしば被拘束者らの面前を憚ることなく請求者を面罵し、殴打する等の暴行を加えながらしかもそれが子供の人格形成にいかなる影響を与えているのか考慮することもなかつた。そして拘束者は昭和四五年一一月四日、請求者との間に一旦離婚の合意がなされたさい(右合意は後に拘束者が一応翻意したことにより実行されなかつた。)に被拘束者両名および次男Oを請求者に引渡すことを約したこともあり、大阪家庭裁判所における夫婦関係調整の調停期日において、担当裁判官に対して、請求者が請求者の両親と別居するならば被拘束者両名を引渡してもよいと述べたこともある。なお拘束者は株式会社M製作所の代表取締役として一ケ月に五〇ないし六〇万円(税込)の収入を得、自己名義の土地、建物を有しているので、経済的には裕福である。

(五) 請求者は、拘束者との家庭生活において、拘束者がほとんど帰宅しなかつたので、幼い被拘束者両名および次男Oの監護養育を一手に引き受け、被拘束者Oがときに反抗することがあつても、被拘束者両名はのびのびと育つていた。(被拘束者Oの担当教諭T口D子は請求者が、子供の教育についてしつかりしたものを持つていると評価している。)。請求者は拘束者と離婚する決意であり、被拘束者両名および次男Oを手許において引続き養育することを切望している。特に被拘束者香織は請求者を強く慕い、かつ約三年一一月余りの女児であるので請求者としては男親である拘束者に香織を委ねておくに忍びず憂慮している。そして請求者は現在敷地七一坪、建坪約三五坪を有する建物(実兄名義)に両親および次男Oと暮らしているが被拘束者両名も同居できる十分なスペースがあり、また請求者の実父および兄は請求者の今後の自立を経済的に援助できる意思と能力を十分有しているので生活に困窮することは全くない。

以上の事実を認めることができる。

ところで夫婦の一方が他方に対し人身保護法に基づきその共同親権に服する子の引渡を請求する場合においては子に対する現在の拘束状態が実質的に不当であるか否かを考慮してその請求の許否を決すべきであり、そして子に対する現在の拘束状態の当、不当を決するについては、夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として定めるべきであるところ、前認定のとおり、拘束者が父親としての愛情をもつているとはいえ、自己と同棲中の新井Y子に被拘束者両名の監護養育を委ねていることは、新井Y子自身の被拘束者等に対する心情態度の如何を問わず被拘束者両名の監護養育環境としては客観的には著しく不適当なものであると認められる。これに比し、請求者は、母親として、被拘束者両名が拘束者の許に委ねられるまでは親しは自ら適切にこれを監護養育してきたことが認められ、そのうえ幼児、児童は母親のもとで監護養育されるのが通常必要であること等を考えると拘束者のもとにおくよりも請求者のもとにおいて監護せしめるのが被拘束者両名にとつて幸福であること明白であるといわなければならない。

三、拘束者は本件は別居中の夫婦間における子供の監護権をめぐる争いであるから、家事審判法によつて救済を図るべきであり、人身保護規則四条但書の要件を具備していないと主張するけれども、<証拠>を総合すると、請求者は拘束者を相手方として昭和四六年一月二〇日大阪家庭裁判所に夫婦関係調整の調停の申立をなし、右調停期日において被拘束者両名の監護についても話し合われたが、結局同年四月一三日、調停は不成立に終つたことが認められ、右事実によれば、人身保護法による救済によらないで被拘束者両名を不当な拘束から、迅速に救済することは困難であるから、本件は人身保護規則四条但書にいう相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白な場合に該当するので本請求は適法であり、拘束者のこの点の主張も失当である。

四、以上からすると拘束者の被拘束者両名に対する拘束は不当であつて、それが顕著であるというべきであるから、請求者の本件請求は理由があるものとしてこれを認容することとし、被拘束者両名を釈放し、これを請求者に引渡すこととし、本件手続費用の負担について、人身保護法第一七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(日野達蔵 松井賢徳 仙波厚)

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